英会話のエキスパート

あまり目立たないアパートが利用されるが、不自然な時に、不自然な人たちが集まることがあるから、周囲から不審の目でみられることが多い。
スパイ小説を読んでいると、こうしたアパートの入り口の花の置き方、カーテンの閉め方で仲間にメッセージを送るということがよくある。 「影響力の代理人」という本がある。
著者はP。 米国の複合企業T社の副社長をしていた人物で、州知事の補佐官や連邦議会でスタッフをした経験がある。
本の内容は日米関係が日本企業による過度のロビー活動によってゆがめられ、日米摩擦を激化させる要因になっている、ということを指摘した内容で、米国に対する日本の攻撃的な貿易や投資によって、米国が危機に立たされているということが大問題になっていたバブル期には、ちょっとした話題になった本だった。 このなかで著者は日本が(企業や政府すべてを含め)年間4億ドルをロビー活動に使い、ワシントンでの日本の利益が損なわれないよう、弁護士、コンサルタント、元政府高官に影響力を行使させていると主張している。
本の原題はAgentsofInfluenceだから、訳書の題は直訳されてわかりやすいのだが、実はこのagentsofinfluenceというのは諜報の世界でよく使われる言葉だから、著者はこれを題名にすることで、もっと隠微な響きを持たせようとしたのかもしれない。 これまでの項でも少しふれたことがあるが、旧ソ連の諜報機関で米国のCIA(中央情報局)のライバルだったKGBの用語のいくつかが米国のスパイの世界にも取り入れられるようになっている。
たとえば、activemeasuresもそのひとつで、直訳すれば「積極的な措置」となってまったく何の変哲もない意味にしかならないが、KGBではこれは外国の報道機関を利用したり偽情報を流したり、大きな団体・組織をうまく操作して、その国の政策決定に影響を与えようとする諜報活動を指していた。 このうち偽情報を流すことをdisinformationといったということは前に述べた通りだ。
同じように、このagentsofinfluenceを利用した活動もactivemeasuresのひとつとなる。 影響力の代理人はジャーナリストかもしれないし、政府当局者、労組幹部、学者、オピニオン・リーダ一、芸術家、あるいはその他の職業に携わっている人であるかもしれない。

こうした人たちは、外国の諜報機関に利用されているのだと知りながら協力することもあるだろうし、知らないまま協力させられる場合もあるだろう。 いずれにしても、これらの人たちがその国で持っている一定の影響力を行使するように仕向けられることになる。
フランスのジャーナリストで、親戚・知人に閣僚や大使をたくさん持ち、フランスのインテリ仲間では一目置かれていたPは1959年、ソ連礼賛の記事を書いたことがある。 これがKGBの目に留まるところとなり、フランスの政界の情報提供を求められた。
そのうち彼はKGBから資金を受け取って自分のニューズレターを発行、限られた発行部数ながら、ソ連寄りの記事を書き続けた。 ソ連の諜報機関はPの読者のなかで協力してくれる人物がいないかと探していたのだろう。
Pのニューズレターの読者だったある国会議員に接触し、協力を要請した。 このことがフランスの諜報機関の知るところとなり、この国会議員も、そしてP自身も逮捕されてしまったのである。
Pは1979年、有罪の判決をうけている。 Pの場合は明らかに自分がソ連に協力していることを知っていたが、たとえばソ連と取引のある西側のビジネスマンが「あなたの国でいま問題になっているあの法律ができるとソ連でのあなたのビジネスにも不利益を被りますよ」といわれ、自分の国の政府に政策変更を働きかけるよう勧められていたらどうだろう。
このビジネスマンの場合はagentsofinfluenceのひとりになるのかならないのか。 どこからがagentsofinfluenceになり、どこまでならならないのか、その境界は大変あいまいなものである。
Pの「影響力の代理人」で米国の政策に影響を与えようとする日本企業は、日本の国益を代表して影響力を行使しようとしているのではなく、自分の企業の利益のためだし、米国ではロビー活動が認められているのだから、法にふれるところはまったくない。 それでもこうした活動にスパイの世界の言葉が使われたことには、それなりの効果を期待したからなのであろう。
米国通商代表代理として日米貿易交渉で活躍し、その後A社長の要職に就いたGは日米交渉の体験を「日米経済摩擦の政治学」と題する単行本にまとめたが、そのなかで、経済摩擦と日本のマスコミとの関連について次のようにいっているところがある。 数年前にワシントンでちょっと有名な事件があった。
ある米国政府の高官が日米関係について「オフレコ」で少数の日本人ジャーナリストに要約説明した時のことだった。 その翌朝その高官は日本大使館から、彼がジャーナリストたちに話したことについて「説明」を求める電話をうけ、驚くとともに激怒した」この後Fは、日米間にオフレコについての解釈の違いがあるのだろうと、日本人記者団から聞かされたことを紹介している。
実際、そこには大きな違いがある。 今後の日米関係のためにも、この問題をきちんとしておくべきだと思う。

アメリカ国務省は報道官室が国務省の人たちのために、ジャーナリストと話をする際のグラウンド・ルール集を用意している。 これから話すことがオフレコなのかそうで、ないのかを、話の最初に明確に相手に伝えておくべきである、との前置きをした上で次の4つのルールを説明している。
情報は直接引用していいし、当事者の氏名・肩書を明示できる。 記者がえた情報は国務省当局者、あるいは政府当局者から入手したものと書けるが、そのどちらかは当該当局者が定める。
話の内容は要約もできるし、直接引用もできる。 この場合は情報源を明示できないし、直接引用もできない。
記者は記事を書く際にその情報を参考として利用するか、その問題についてより深く理解するためのものとして利用できる。 そこで使った材料はあくまで自分のものであって、情報源のものとすべきではない。
情報はいかなる形でも使うべきではなく、その記者の参考のためだけに提供されたものである。 このグラウンド・ルール集は国務省が作成したものだが、ワシントンで取材したかぎり、各官庁でも議会においても、同じルールが適用されているようだ。
アメリカではオフレコの内容は一切記事にできないし、ほかの人に流してもいけない。 オフレコにされた内容は記者が頭に入れて参考にしておくだけなのだ。
ところが日本では、官庁によって違うこともあるし、政治家によっても扱いが違う。 1995年11月初めに江藤総務庁長官(当時)が日本の朝鮮半島統治時代のことをオフレコでしゃべり、その内容が韓国の新聞で報道されて大問題になった事件では、本当にオフレコ、つまり一切外部に漏らさないことを前提にしたものだったのだろう。

それが漏れたから外交問題になり、結局は総務庁長官を辞めなければならなかった。 しかし日本では「これはオフレコだよ」といいながら、実はその情報を新聞に書いてもらいたい政治家もいる。

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